三重県津市情報サイト |
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フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』参照 豆知識コーナー |
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| 【津市とは】 三重県の中部にある市で、同県の県庁所在地。 もともと歴史的に安濃津と呼ばれていた。伊勢平野のほぼ中心部にあり市街地が海沿いにある臨海都市である。 人口は四日市市に次ぐ三重県内2位であり、面積は三重県内最大である。 伊勢音頭の歌詞に「伊勢は津でもつ 津は伊勢でもつ 尾張名古屋は城でもつ」と歌われた。 津駅前に2001年に超高層複合ビル「アスト津」が完成。地上18階地下1階・最高高さ94.63m(軒高85.72m)の、 オフィスとホテルを主体とする建物で、津市のランドマークになっている(ビルの高さは四日市市のポートビル に次ぐ2位)。また、南部の久居地区は副都心となっている。 三重県のほぼ中央部、伊勢湾に面する。市内中心部を安濃川、岩田川が流れ、安濃川以北を橋北、 岩田川以南を橋南、両河川に挟まれた地区を橋内と呼ぶ。 古くは、安濃津として文献にも記される良港であったが、1498年の東海地震に伴う津波のため港は崩壊した。 津藩藤堂氏の城下町で、江戸時代の外交文化使節「朝鮮通信使」をまねた「唐人おどり」として伝承され (現在、三重県の無形民俗文化財である)、毎年秋に行われる津まつりの際には華々しく披露されている。 江戸時代には伊勢参りの宿場町として栄えた。 国学者、谷川士清(たにがわ・ことすが)の生家が、中心街の西方の旧道沿いの八町という町並みにある。 |
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| 【産業】 造船/重工:ユニバーサル造船津事業所/JFEエンジニアリング津製作所。1967年(昭和42年)に日本鋼管津造船所と して開設され、造船立国と言われていた当時、最大50万トン級のタンカーが造れる世界最大級のドック(長さ500 メートル、幅75メートル、深さ11.88メートル)を保有し、高さ約80メートルの門型クレーン(ゴライアスクレーン) が並ぶ。独特の両開き式ドックでは30万トン級船舶であれば、常に1隻半の建造が可能である。追って隣接地に 重工部門の工場を開設し、年間生産能力4万トンの世界最大の鋼構造物製作工場となり、本四連絡橋や横浜ベイブ リッジから市内中央部の塔世橋までの様々な橋、超高層建築鉄骨、水門などを製作した。諸外国に造船受注シェアを 奪われたいわゆる造船不況の折に、日本鋼管の組織改変により重工部門の造船工場ならびに重工工場となり、 名称も津製作所に変更された後、日本鋼管と川崎製鉄のJFEホールディングスとしての事業統合と、その際に造船部門 日立造船との統合という複雑な経緯を経て、旧日本鋼管津製作所の造船工場ならびに技術研究所はを分割し ユニバーサル造船津事業所ならびに技術研究所に継承され、重工工場はJFEエンジニアリング津製作所に継承された。 それぞれの工場の概要ならびに事業内容に特に変化はない。食品メーカー:肉まんあんまんなどの中華まんやあずき バーなどの冷菓の製造、またアメリカのレストランチェーンアンナミラーズの日本での事業を運営している井村屋製菓、 ベビースターラーメンをはじめとするスナック菓子やカップラーメンなどを製造しているおやつカンパニーなど、 有名食品メーカーも当市に本社を構えている。 |
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